透がいなくとも呪いは解けた
フルーツバスケットは十二支たちが呪いから解放されるまでの物語です。
読んだことがある人なら、この呪いを「透がいたおかげで呪いが解けた」と感じる人も多いかと思います。しかしそれは違います。
紫呉が依鈴に話したこの衝撃的な言葉を覚えているでしょうか。
紫呉「解けるよ ほっといても いずれ。もう壊れかけてるんだよ そもそもが 遠い日の絆なんて」
そのとおり、呪いは勝手に解けたのです。
紫呉「その証拠に、紅野くん自発でも強制でもなくポロッと呪い解けちゃったじゃない?」
そう、紅野だけではありません。
燈路の呪いが解けた時は、愛する人である杞紗が一緒にいた時や彼女を想っていたときでもなく、願いが成就した時でもない。
紅葉が解けたときもそう、母と仲直りしたときでも願いが叶った時でもない、なんでもないときでした。
紫呉「きっかけが重なって、呪いはもう解け始めているんだ」
透はそのきっかけの一つになったのかもしれませんが、決して必要条件だったわけではないかと思います。
なぜなら紅野の呪いが解けた時、透は無関係だったのだから。
ではこの物語において透は、一体何の役割があったのでしょう。
これについて
- 透は慊人のために現れた
- 透がいない場合の未来を考えてみる
- 呪いが解けたあとの慊人のために神様が遣わせたのが透
- なぜ神さまは慊人と透を直接会わせなかったのか
- 透が慊人にだけ、直接会った未来を考えてみる
- 透が十二支たちと関わることで変化したこと
- 受け入れられることで慊人も許せた
- まとめ
この流れで考察を解説していきます。
納得していただける内容になったかと思いますし、こちらを読んだあとでフルーツバスケットを読むことでまた違った見方ができるかと思いますので、ぜひ最後までご覧下さい。
透は慊人のために現れた
私が思う「透が存在した理由」の答え、それは、呪いが解けたあと一人残される慊人のためというものです。
呪いは物の怪に変身することだけではなく、慊人から心が離れられないことでもあります。
今までどんなことをされても十二支たちは慊人のもとに帰ってきていたし、それがあるから慊人のワガママは通用していました。
例えば、はとりは最愛の恋人と別れることになり、自分の片目を失うことになっても慊人を恨みませんでした。
撥春は愛する依鈴が幽閉され暴行を加えられ、殴りたくなるほど逆上したにも関わらず、慊人に一言「行かないで」と言われれば戻ってしまいそうでした。
しかし呪いが解けることでこの神様との繋がりはなくなり、慊人の「離れないで」の声は届かなくなります。
紅葉の呪いが解けたときを思い出してください。
慊人「紅葉…いかないで…っ。ね、お願い 僕を 置いていかないで…」
紅葉(…この人の一体何がボクを縛れるっていうんだ。こんなに小さく弱くて哀れな存在に)「帰って。明日改めて話しに行くから」(116話)
すがりつく慊人を、紅葉は冷たく追い払います。
透が十二支たちの前に現れない状態で、ポロポロと十二支全員の呪いが解けていったらどうなっていたでしょう。
紅葉のように、しがらみがなくなった十二支は慊人のことなど置いて自分の道を歩み始めたでしょう。慊人のことを理解しようなど思わず。
しかし、最後に紅葉は慊人と少し心を通わせます。そのきっかけはなんだったのか…そう、透です。
紅葉「”バカな旅人”だなぁ ききたい?きいたら…きっとトールに会いたくなってくるよ」

透がいない場合の未来を考えてみる
呪いが解けることで十二支は救われる。しかし慊人は逆に今まで以上に孤独になる。
そんな慊人が、呪いが解けたあとに救われる方法は2つあります。
- 慊人が十二支たちへの執着心を断ち切ること
- 十二支が慊人を許すこと
透が現れなかった場合を考えてみましょう。
1に関してはとても難しい。
なぜなら慊人は幼い頃から十二支がいるおかげで自分は特別でいることがでますし、絆こそが母の楝に対して優位に立てる唯一のモノであるからです。
十二支との絆を自ら断つことは、すなわち自分の存在意義を無くすことになります。
2に関しても、紅葉の例を見ると13人(十二支+夾)全員は難しいかと思います。
なぜなら十二支のほとんど皆が、慊人の境遇や背負うものを何も知らないからです。
紅野が呪いの解けたあとも慊人の傍にいたのは、紅野が慊人の境遇を知っていたからです。
慊人が幼い頃から母と確執があり、大好きな父と死に別れ、性別を偽ることを矯正され、十二支との絆だけを心の拠り所にする弱い人だと知っているから、
「そんな人を置いていけない(97話)」
と、物の怪の絆とは無関係に人として一緒にいることを選択できた。
しかしそれを知っているのは紅野の他に紫呉と綾女とはとりだけであり、その他の9人の物の怪つきは何も知りません。
そのためきっと紅葉のように、慊人をただの弱い人とみなして理解しようともせず離れていったでしょう。
呪いが解けた翌日、紅葉は慊人に言いました。
紅葉「君の側にこれから一生居続ける事はできない」
呪いが解けたあとの慊人のために神さまが遣わせたのが透
しかし呪いが解けることは回避できません。
普遍など無い、終わらない宴はないのだから。
透が大好きなお母さんを想い続けていても、思い出が色あせてしまったように。
ではどうしたらいいのか。
きっと紅野の呪いが解けた時の慊人を見て、神さまが考えたのでしょう。
「十二支の呪いに縛られているのは十二支だけではない、十二支だけでなく、慊人も救わねばならない」と。
そこで神は救いとして、透を十二支と慊人に関わらせたのではないでしょうか。
なぜ神さまは慊人と透を直接会わせなかったのか
しかし疑問が残ります。
なぜ神さまは、遠回りせず、直接慊人と透が会うようにしなかったのか。
何らかの形で二人が直接会っていれば、透の心を通わせる力や包容力でもっと早く慊人の心が救われていたのではないでしょうか。
花ちゃんや魚ちゃんが透によって心を開いたように。
透が慊人にだけ、直接会った未来を考えてみる
もし透が十二支と関わることなく慊人の心のみを開いていたらどうなっていたか。
おそらく慊人は透に弱さを受け入れてもらったことで心を開き、十二支への執着心や依存を断ち切ったでしょう。
十二支から必要とされなくとも「特別でも神様でもなくただの慊人」になり、「つらくて こわくてなんの取り柄も無い」自分の存在を許し自分の人生を踏み出したでしょう(130話セリフ引用)(…慊人が救われる方法その1解決)
そしてきっと、慊人は今までの悪行を十二支に侘びます。
しかしその後呪いが解けたとき、十二支たちは慊人を心から許し、心を通じ合わせることはできたでしょうか。
否、できなかったと思います。
なぜなら呪いが解けても、今まで慊人にされた仕打ちは覚えているのだから。
そして全てが慊人のせいでなくても、呪いによって壊れたものは戻ってこないのだから。
紅葉の母や由希の友人、依鈴の両親、夾の全ては戻ってきません…。
そんな中で十二支たちは、全てを慊人のせいだと恨んでしまったかもしれません。
それは慊人だけでなく、恨みに支配され前に進めない十二支にとっても不幸なことです。
紅葉「ボクが解けるよりキョーが解ける方がトールは喜ぶ…悔しいのはボクのほうなんだ・・・」
透が十二支たちと関わることで変化したこと
透が十二支と関わったあとに慊人と関わったことで何が変わったのでしょう。変わったことは2つあります。
- 十二支たちと慊人の間に、ひとつの共通点ができた
- 十二支たちに慊人の弱さを受け入れる心の準備ができた
1、十二支たちと慊人の間できた共通点
紅野は慊人に刺され、透も崖から落ちたので二人が入院しているとき、お見舞いに来た慊人と紅葉が話をする場面がある。
慊人「(紅野と透は)お人好しを通りこしてただの馬鹿だ。そんな人をどうして僕は傷つけることしかできなかったんだろう」
泣く慊人に紅葉は微笑みながらハンカチを差し出し“馬鹿な旅人”の話をするのだ。
紅葉「聞いたらきっと トールに会いたくなってくるよ」と。
この場面で、きっと紅葉は慊人との共通点に気付いたのだ。“馬鹿”な存在を愛おしいと思えるという共通点に。“馬鹿な旅人”の話を「なんだそれーばかだなー」と笑っていたクラスメイトとは違い、二人は、紅葉と慊人は、ともに知っていた。自分の犠牲を顧みず、人の幸せに涙を流して喜べる馬鹿で愛おしい存在を。
「その存在を愛おしいと思える」という共通点が、紅葉の心を慊人に向かせたのだと思う。
慊人が透を大切に扱う姿勢を見て、十二支たちはきっとその共通点に気づいていったのです。
2、自分の弱さを受け入れてもらうことで、慊人の弱さも許せた
透が十二支たちと関わったことで、十二支たちは自分の弱さと向かい合うことができました。
そして弱さを認めることで、そんな心を隠すために強がっていた過去の自分を許しました。
これによって十二支は、自分と同じように弱さを持った慊人の過去の過ちを許したのです。
もし自分の弱さを認められていなかった場合、彼らは自分自身と慊人を恨み続けていたでしょう。(…慊人が救われる方法その2解決)
十二支たちが自分の弱さを認めたってどのこと?と思う方もいるかと思うので、ここで一度、何人かの十二支の弱さと、それを許したエピソードを振り返ってみましょう。
夾
本来の姿を見て怖がりながらも「一緒に考えて悩んで、一緒に生きていこう」と言ってくれた透の存在により、呪われた自分を許します。
そして苦しめていた罪の意識”己の保身のために京子を見殺しにした過去”でさえも透は許しました。
劣等感を抱いていた相手、由希との仲を良くしたのも透です。
由希が夾に「おまえみたいになりたかった」と伝えられたのは、夾が透の笑顔を誰よりも守ってきていたからです。由希が悔しくなるほどに。
透を愛していたことが、由希と心を通わすことに繋がりました。
由希
親からも兄弟からも興味を持たれず、友達になりたかった夾からも嫌われ、誰からも必要とされていない暗い世界にいました。
そんな自分を必要とし頼ってくれたのは、幼少期の透でした。
高校生になり「受け入れられないならば誰とも深く関わらずにいよう」と壁を作っていた由希の前に、再び表れた透によって感情を取り戻します。
→生き生きと動く由希に自然と人は集まり、その集まった人たちによって過去の「友達もいない、誰とも必要とされない自分」では無くなりました。
→その弱い自分があったからこそ見つけることができた真知の存在により、過去も含めた自分全てを許せました。
楽羅
神楽は幼少期に物の怪である自分より下の存在を蔑むために夾を利用し、その過去を恥じていました。
その自分を許し気持ちに折り合いをつけれたのは、透が夾のことを本当に想い、未来の夾の幸せを願う気持ちを託せたからです。(114話)
透がいなければ、夾と離れたとしても過去の自分と向き合うことができず、後ろめたい過去を物の怪の呪いのせいにして引きずっていたかもしれません。
利律
幼少期から親に謝らせたばかりの自分を責め、
利津「こんな私は一体何のためにこの世に生を受けたというのでしょう。生き続けている自分は本当に図太いというか…」
と自分の存在まで否定している利津に、透は
透「いいんですよきっと。図太くたって。だって図太く生きてたらいつか、誰よりも自分と一緒にたこ焼きを食べたいって願う誰かに会えるかもしれないですから」
と生きていてもいいと言ってくれました。
この言葉がなければ、呪いが解けてただの人となったとき、利津はより自分の存在を否定していたかもしれません。

受け入れられることで慊人も許せた
このように皆、透からありのままの自分を透に受け入れてもらえたのです。
「どんな自分でも受け入れてもらえる」そんな愛に出会ったときに、これまでの自分を客観的にみることができました。
そして自分の弱さを知り、そんな自分もあっていい、と認めたことで、同じように弱い慊人のことも受け入れ許すことができたのです。
それでも慊人を許せない人もいました。依鈴です。
依鈴「アタシは許す許さないの二択なら あいつ許さない。アタシが悪いの?どうしたって…胸の中のグチャグチャ 消えない…」
でもそんな許せないという感情も透はありのまま受け入れてくれました。
透「悪くなんかないですよ。私のことまで私の代わりに傷ついてくださって嬉しいです」
この受け入れてもらえた安心感で、依鈴の辛さも少し救われるのです。
まとめ
透がいなくても呪いは解けたかもしれません。
しかし透は呪いから解放されたあとの慊人が一人にならないために、そして十二支たちが慊人を許すために、無くてはならない存在だったのでした。
とても遠回りに見えて、透が十二支に会いそして慊人に会うことが一番みんなが救われる方法だったのです。
そして呪いが解けたからといって全てが解決したわけではありません。
親との確執も残ったまま。正解とされて導いてくれる将来も無い。
それぞれがここからまた頑張っていかなければならないけれど、その一歩すすむ勇気と自信は、透というきっかけにより、既にみんな持っています。
それによって、彼らのその後が何も書かれていなくとも「きっといい方向に進むんだろうな」と幸せな読後感を与えてくれます。
フルーツバスケットの魅力は「書かれていないけれどここまで読み続けていた読者が確信できるハッピーエンド」だと思います。
最後に
いかがでしたでしょうか。
読み返すたびに幸せにしてくれる物語がフルーツバスケットにはあるかと思います。
ぜひこの機会にまた読んでみてはいかがでしょうか。
まんがPerkというアプリでは無料で全話見ることができますので、手元にない方はそちらでもご覧ください。
当ブログでは他にもフルーツバスケットの考察記事が多くあります。
- フルーツバスケットの続編でありその後の物語を描いた「フルーツバスケットanother」についての記事
- フルーツバスケットのキャラクターたちの親に焦点を当てた「もしも」を考察する記事
- 明かされていない慊人の年齢やモノローグに隠された意味などを考察する記事
- フルーツバスケット全巻、全期間の年表(当時のカレンダーを参考に日付も考察)
どうぞご覧ください!